誰にでもわかる南禅寺♪京都観光の前に見どころチェック

南禅寺

こんにちは、Soyです。

臨済宗大本山 南禅寺は、京都の蹴上(けあげ)・岡崎エリアに位置する禅のお寺です。

こちらのページでは、南禅寺の歴史から見所スポットまでを、わかりやすくご紹介します。訪れる前にしっかりとポイントを押さえておくと、より南禅寺の魅力がわかるようになりますよ♪

南禅寺の歴史

南禅寺は、第90代亀山天皇の「すべてのものの生命を尊び、あるがままに生かし大切にする、心のやさしい人が育つように」との御心をもとに、1291年に開創されました。

*開創とは、初めてそのお寺を開くこと

1249年に誕生された亀山天皇は、40歳のときに離宮の禅林寺殿(現在の南禅寺)で出家され、法皇(出家した上皇)になられました。

まもなく周辺では不思議なことや妖怪の仕業による災難が起こりましたが、高僧(徳の高い僧侶)である無関禅師(むかんぜんじ)と修行僧は離宮にとどまることを決めたのでした。

*禅師とは、僧侶の敬称(〜様、〜ちゃん、〜君の部分)

無関禅師と修行僧は、坐禅・掃除と修行を勤め、その結果普段通りの平穏な日々を再び手に入れることができました。亀山法皇はこれをたたえて離宮を禅寺とされたのです。

しかし、離宮が南禅寺となったその年の12月に、無関禅師は亡くなってしまわれます。翌年、亀山法皇は無関禅師の門下であった規庵禅師(きあんぜんじ)を後任に選ばれました。

その頃、離宮はまだ禅寺として機能するものがひとつもなかったため、南禅寺の建立は規庵禅師に任せられました。

1305年、建立がほぼ完成したその年の9月に、亀山法皇は崩御され、御陵(お墓)は嵯峨の天龍寺にあります。

*崩御(ほうぎょ)とは、天皇、皇后、皇太后、太皇太后が亡くなられること

登場人物まとめ
第90代亀山天皇 1249年ご誕生 → 1289年出家 → 1291年南禅寺開創 → 1305年崩御

無関禅師 もくもくと修行をして、亀山天皇に認められ、南禅寺の責任者の地位を与えられる

規庵禅師 無関禅師の門弟。無関禅師が亡くなったため、南禅寺の建立を任せられる

南禅寺の教え

南禅寺は、坐禅を生命とする3つの宗派のうちのひとつ、臨済宗のお寺です。

南禅寺の宗旨(宗派の趣旨)は、「釈迦牟尼世尊の正法眼蔵を拈提し、参禅弁道によって仏祖的伝の心印を究明し、正法を伝授すること」とあります。

簡単に言うと、仏様の仏教思想を修行者に示して、徹底的に修行を完遂することで仏様の御心を理解し、後世へ伝えていくことを目的としているということです。

お釈迦様が開かれた悟りとその教えは、代々の僧侶たちが厳しい苦行を乗り越えることで、言葉だけでは伝えきれない、直接の体験を通して心から心へ現代までそのままのかたちで伝えられてきたのです。

教えの具体的な内容は、ひたすら坐禅を組んで自分自身の本性と見つめ合い、その結果すべての人は仏であるということを体得できるというものです。

仏である」とは、慈悲の心を持った心安らぐ道を行く人のことです。

つまり、坐禅という厳しい修行を体験することで、仏様と同じ慈しみの心を得られるようになるということですね。

そのため、臨済宗南禅寺派では、特定の経典(信仰内容や規範を示した文献)は定められておらず、実体験(坐禅)によって教えを全うします。しかし実際には、般若心経や観音経の読経、写経が修行の一部として実践されており、これらをすべて含めて坐禅としています。

南禅寺の仏様

南禅寺のご本尊(信仰の中心として祀られている人物や像)は、釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)です。

釈迦牟尼仏とは、仏教の開祖であるお釈迦様を仏として慕い、呼ぶ名前のひとつです。

南禅寺の御朱印帳

南禅寺では、方丈の襖絵でもある「水呑の虎」を表紙絵にした御朱印帳を購入できます。

水呑の虎<引用:南禅寺

「群虎図」のモノクロケースが付いていて、御朱印帳を大切に保管できるんですよ。

また、もうひとつ南禅寺の名所「水路閣」が描かれた御朱印帳もあります。

御朱印帳<引用:南禅寺

どちらも南禅寺でしか手に入らない素敵なデザインの御朱印帳です。初めての御朱印帳をどれにしようか迷っている人、2冊目はどれにしようか悩んでいる人におすすめします。

南禅寺の見所

勅使門

勅使門<引用:南禅寺

勅使とは、天皇陛下の意思を直接伝えるために派遣される使いのことです。

南禅寺の勅使門は、1641年に明正天皇より御所にあったものを譲り受けたものです。かつては天皇陛下や勅使が訪問する時に開かれていました。

現代では、僧侶が初めて正式にお寺の住職になるとき(晋山)に限って開かれます。

三門

南禅寺の三門

三門とは、悟りに至るために超えなければいけない3つの関門「三解脱門」の略称です。

三解脱門は具体的に、物事にこだわらず(空)、見かけで比べるものものではなく(無相)、思うままに求める念を捨てる(無作)という境地に達することです。

南禅寺の三門は、日本三大門のひとつに数えられ、別名「天下竜門」と呼ばれます。

階段で楼上へ上がると、回廊をぐるっと一周することができます。そこから望む景色は、かの有名な石川五右衛門の名台詞「絶景かな、絶景かな」に表されるように、境内の自然と風情ある伝統的建築物が美しく融合した唯一無二のものです。

春は桜に夏は新緑、秋はもちろん紅葉が美しく、冬にはひっそりとした儚く魅力的な景色があります。

雲龍図

禅寺の多くには、法堂に龍の天井画があります。南禅寺の法堂は、普段は入ることができませんが、外側から迫力のある「雲龍図」を見ることができます。

方丈

南禅寺には大方丈と、その背後に少方丈があります。

方丈とは、禅宗寺院の住職の居室のことです。

南禅寺の方丈には、数々の襖絵が飾られています。実際には、400年の時が経過したことにより剥落や傷みが見受けられるようになったため、そのほとんどが収蔵庫に保管されており、現在公開されている障壁画の多くは、デジタル撮影をもとに描画復元したものです。

方丈庭園

方丈庭園

大方丈の前面に望める方丈庭園は、江戸時代初期の代表的な枯山水(かれさんすい)庭園です。

枯山水とは、水を用いずに砂や石で風景を表現する庭園様式です。

南禅寺の方丈庭園はその美しさから多くの観光客を惹き寄せます。
(別名を、「虎の子渡し」ともいいますが、それについては龍安寺の枯山水庭園がより有名です。)

水路閣

南禅寺の水路閣

琵琶湖から京都市内に引かれた水路です。

1880年代に、水力発電の有利性が注目されるようになり、1889年蹴上(けあげ)に発電所が建設されました。そしてその前後に、水力発電と水道水確保のため水路の工事がされたのです。

赤レンガのアーチ状をした水道橋は、テレビやアニメのロケ地としても有名ですね。現在では、その洋風の古めかしさと南禅寺の風情美がなじみ、ひとつの名所として多くの人を惹きつけます。

最勝院 高徳庵

高徳庵

水路閣をくぐり、さらに足をすすめると「最勝院高徳庵」が見えます。

こちらは紅葉の穴場的名所としておすすめです。苔のむした盛り土に挟まれた山道から山門が見えますね。

中へ入ると目に飛び込むのは立派な松の木。この松の木は、「縁結びの松」と呼ばれています。樹齢300年の百日紅(さるすべり)の木と、樹齢100年の松の木が仲良く一体化していることが由来だそうです。

本堂の裏手へまわると、さらに美しい景色が見られます。そして徒歩でそのまま奥の院へ向かうと、ひっそりと苔むす神秘的な風景と巡り会います。

滝の上から哲学の道へ出られる山道コースがあるため、時間がある場合は山の中を散策するのも素晴らしい体験となるでしょう。

高徳庵は、秋だけでなく新緑の季節も美しいと評判です。

南禅寺の拝観時間と料金

拝観時間(受付は拝観時間終了の20分前まで)
12月〜2月 8:40〜16:40
3月〜11月 8:40〜17:00
12/28〜12/31は拝観できません。

拝観志納金
方丈庭園 一般500円(300〜400円)
三門   一般500円(300〜400円)
南禅院  一般300円(150〜250円)
()内の料金は小・中学生および高校生です。

南禅寺へのアクセス

・地下鉄東西線 蹴上(けあげ)駅下車 徒歩10分
・京都市バス 東天王町、または南禅寺・永観堂下車
京都駅からは32番、100洛バス、5番
祇園からは203番

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